小学二年の終わりに引っ越してしまうまで、近所の友だちとの遊び場といえば自宅アパート前の道路とその角にある資材置き場の砂山でした。
ある月曜日の早朝のこと、ぼくは前日にやっと買ってもらったばかりのブリキの消防ハシゴ車を抱えて、砂山に向かいました。
昨夜も家でさんざん遊んだのですが飽き足らず、自分たちの苦心の作が様々残されている人気の砂山で試したくなったのです。
消防車は全身赤色のなか、ハシゴだけが銀色に塗られていました。
消防車に手を添えて灰色の砂山の起伏にあわせて走らせていると、朝日がハシゴの銀色にあたってキラキラ光り、ワクワクしました。
「友だちに見せびらかせたい」という気持ちが高まります。
でも月曜の早朝のこと、学校に行く前の時間に誰も遊びに出てくるはずはありません。
砂はいつにもまして手にさらさらと気持ちよく、そのうち消防車のことも月曜の朝であることもすっかり忘れて、砂遊びに熱中してしまいました。
心配した母に大声で呼ばれて我に返ったぼくは、あわてて家に駆け戻り、学校へ向かいました。
さて夕食後、寝転がって父とテレビを見ていると、父に
「消防車、どうしたんや」
と問われ、はじめて消防車を砂場に朝から置き去りにしていることを思い出しました。
暗い砂山に飛んでいくと、小さな消防車は、出入りのトラックに轢かれたのでしょう、半分を残して、平らにひしゃげて転がっていました。
それでも、銀色のハシゴは生き残っていて、何事もなかったように、街灯に照らされてにぶく輝いていました。
泣きながら持ち帰った消防車を父に見せると、父は黙ってハシゴを取り外しにかかりました。
父の曲げた太い指の節の動き。
次々と現れてはハシゴにかぶさっていく波頭のように見えました。
父はぼくにハシゴだけをポンと投げてよこすと、また寝転がってテレビの続きに顔を向けるのでした。
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