ピンポン恐い。小2の夏

小説

 子どもにとってはコーフンの夏休み突入も、十日も過ぎれば満喫ぐあいも冷めてきて、ヒマを持て余しだします。

 あれはぼくが小2の頃、セミも鳴き疲れるそんな夏の午後のことでした。

 毎日のように通った小学校プール開放もその日は休み。
 昼にそうめんをすすり、「スイカは後で」とクギを刺されなどしながら、畳に後ろ手をついてひとり扇風機にあたっていました。
 それでもこめかみで汗のしずくが次々とこそばゆい。拭った指先を擦り合わせ、しずくを無きものにしたりしていると、その指先の向こう、部屋の隅にあるガラクタ箱が目につきました。
 中身をひっくりかえすと、絵本付録のソノシートが何枚か出てきました。ペラペラの簡易レコードです。
 でも家にはプレイヤーがありません。
 ぼくはどうしても今すぐ聴きたくなりました。

 この春に引越しするまで住んでいたアパートの女の子が、おもちゃの赤いレコードプレイヤーを持っていたのを思い出しました。

 そうだ。あれでレコードが聴ける!

 アパートまでは運河を挟んで歩いて十分ほど。
 そう思うや、ぼくはソノシートを手に家を飛び出しました。

 真夏の太陽がギラギラ照りつけて汗が吹き出します。
 でも、その時のぼくは、ソノシートから音が出る瞬間を思って、爆発しそうなワクワクで頭がいっぱい。暑さなど気になりません。自然と小走りになり、顔がニヤけているのが自分でもわかりました。

 アパートは、真っ黒い運河を見下ろす橋を渡ればすぐでした。
 
 建物は狭い道路を挟んで向かい合わせに建っています。
 間の道路が子どもたちの遊び場でした。
 ぼくもその女の子も、ともに部屋は一階で向かい合わせ。

 いよいよ目指す彼女のアパートの部屋の扉の前に立ちました。
 額の汗が目に入って、苦く沁みました。 
 
 そのとき。
 ぼくは我に返ったのでした。
 
 その子とは、二人で遊んだことはなく口を聞いたこともない。
 みんなでわいわい騒いでいたときにその子のプレイヤーを見かけたに過ぎなかったのです。
 
 呼び鈴を押してその女の子が出てきて、さてどうする。
 第一声は?

 女の子の前で、汗びっしょり、無言でひとり立つぼく。
 そして、彼女の困った顔。

 そんな光景を思うと、ぼくはピンポンを押すのが怖くなりました。
 ソノシートを手にしたまま、扉に背を向けると、ぼくは逃げるように、来た道を取って返しました。

 帰り道、運河にかかる橋の上から、どっしりと流れる黒い水面に、夏の太陽がくっきりと映っているのが見えました。
 ぼくは立ち止まって、手にしたソノシートの重なりを確かめ、しっかりと抱え直してから、再び家路に向かうのでした。

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