「これで問題ないですか?」 彼はなおも無言でこちらを見つめるばかり。

エッセイ

 その家は石段を三十段ばかり登ったところにあったので、荷物が多い日は気合がいります。
   その日も、両手に積み上げて抱えてきた荷物をひとまず足元に置いて、いつものように門柱の呼び鈴を押しました。

 門柱は古い石垣作り。隙間に積もったわずかな土から小輪が一つ覗いています。先週にはなかったのにと、はずんだ息をついでに吹きかけたりしていると、ふと視線を感じ、顔を上げました。

 踏み石が続いた先の玄関扉のそばに、黒い大きなゴールデンレトリーバーが繋がれていました。
 しっぽを振るでもなく、まるでしつらえた置物のように、お座りの姿勢のままじっとこちらを見つめています。
 背中に少し日差しが当たり、つややかに光る立派な背中がことのほか自慢げです。

「ああ、今日はお留守だな」

 彼は主人がいるときは嬉しそうに吠えて大騒ぎで来客を知らせ、留守の時は押し黙って人の顔を見つめるばかり。

「それでは番犬にならないよ」

 そう呟いて門扉を開け、玄関わきに荷物を積み上げながら、チラっと彼を見ると、やはりこちらをずっと凝視したままです。

 留守宅であってもしっかり仕事をしているのか見られているようで、緊張度は変わりません。

 積み上げた荷物の縁をもう一度注意深くそろえて

「これで問題ないですか?」

 そう声をかけたけれど、彼はなおも無言のまま。

 ただ、今日もお互い、良い仕事ができたような気がしました。

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